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第32回 「屋島の合戦」

先週の予告で筋は粗方分かってはいても、
やっぱり辛いものは辛い、、。
何度と"平泉"の地名が出て来た継信臨終の場面。
後に義経が平泉へ下る事情が事情だけに、
絶命する継信の表情と相俟って悲痛な一幕だった。

ところで、
あれだけ気合で海を渡ったものの、源氏に戦果はあったの?(;´Д`)
一旦は平家を海上に追い遣ったけれど、
志度で襲われて兵士を失い、継信まで死んでしまった。
三種の神器の奪還も果たせていない。
前回の船出までの経緯が経緯だっただけに、
敗戦にも近い(平家も相応に損害を受けただろうが)結果には
中々愕然とさせられた。 ともあれ、今回は見所が目白押しなだけに
ボロを出さないで欲しいとひたすら祈り続けていたのだが…
田口教能は本当にあんな感じで説得されたの?
素朴な疑問です(;´Д`)
そして今回の一番のタブーは……
今井与一の方が台詞回しが巧いということだろうか(ノД`)

平家の女人方は舟慣れ・戦慣れしてしまってましたね。
そして、小舟に扇の的を立てさせる件の場面。
やっぱり平家は貴族だったんだ、と改めて印象付けられた。
顔を知らぬ兄妹が海と陸とに分かれて対峙しているという
オマケ要素もあったが……それ以上でもそれ以下でもなかった、
というのが正直な感想。
「あれは妹だ」と義経が察知したかどうか曖昧にしたのは良かったと思う。
もしそうでなかったら、かなりの割合で興醒めさせられたに違いない。


倭建命が弟橘媛を海神の犠牲にしてしまったように、
海を渡って郎党を一人失った義経。
神懸かり的な行動とその戦果を比べると、
どうしても首を捻らざるを得ない。
それでも敢えて自分のヒラメキを信じて突き進むのが
義経の非凡さということなんでしょうか。
だとしたら、側に居ると巻き込まれそうなので、
一番側に居たくないタイプの人です(・_・)


蛇足。
HEY!HEY!HEY!で流鏑馬に挑戦して見事失敗した
今井翼が弓の名手というのが密かにツボだった。
しっかし、与一!自分の地元の神様は無視かよ!
中学校の古文で丸暗記したから、
"南無八幡大菩薩~"以下を物凄く期待してたのに(ノД`)゜。

資盛の、どんなに焦ろうとも進退極まろうとも
瀬戸際で繋ぎ止めているような貴公子っぷりが良い。
毎回の鑑賞ポイントだ。

原田芳雄、佐志房(藤竜也)とキャラが被らないことを祈る!

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2005/08/14 Sun in 義経
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義経32神懸かり的義経クン
前回の「義経」面白かっただけに、今回はかなり期待していたのですが。ちょっと単純すぎるとデス・・・でもそのかわり!ツッコミどころ満載の屋島の合戦です\(^o^)/ワーイ大嵐の夜中、船で阿波まで行く話ねぇ・・・ホントに夜中なの?危ないッスよ、夜

2005/08/14 Sun 23:23:07 | ぱるぷんて海の家

機転の人、義経
今までに無く眠気を催さない屋島の合戦でした。もっとも夕方、少しだけ寝て英気を養っておいたのが良かったのかも・・・。嵐の中、船を漕ぎ出した義経主従、勇ましかったです。強風を受けて折れそうな帆柱・・・睨む義経さんの咄嗟の剣が筵の帆を切り裂く瞬間、うわ!!....

2005/08/15 Mon 07:49:56 | Patra Ichida @ Blog

サヨナラ、オニイチャン
『義経』第32回「屋島の合戦」敵方に別れた兄を思う能子も可哀想那須与一の弓も見事ずうとるび@田口教能の登場も良かったですがやはり今回の主役は佐藤兄弟のお兄ちゃん佐藤継信主人義経を狙った矢を我が身で受けて義経を守り抜いた継信サン継信...

2005/08/15 Mon 08:03:43 | 日々是平安

屋島の合戦。
先週に続いてすっっっごい嵐です。帆が折れるから帆に切れ目を入れた九郎。で、弁慶が

2005/08/15 Mon 19:33:30 | 徒然日記

●源義経●~&amp;#63699;屋島合戦(8)
&amp;#63829;彦島へ 「伝え聞く、平家讃岐国しはく(塩飽)庄にあり。面して九朗襲ひ攻むる間、合戦に及ばず引退き、安芸厳島に着き了(おわ)んぬ」(『玉葉』・三月十六日条) &amp;#63699;屋島を追われた平氏はその後、讃岐の塩飽(しあく)の庄にいました。塩飽諸島は.

2005/08/19 Fri 10:32:43 | 源氏の歴史<NHK大河ドラマ「義経」をもっと面白く見るために>

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